判断の基準が、人それぞれ異なるからです
人間のほとんどの人が脅威に従う(権力に屈する傾向がある)
私は、これまで自分が正しいと思うように考え、意見し、行動をしてきました。(自分も多々間違いはありますが)
ところが、自分自身が正しい判断をしていると思っても、他人には正しい判断ではないことが多々ありました。
それは、他人が自分たちのことを、どのように思っているのかを考えて行動する人たちです。
仕事を、ただ単純で最善と思われる方法を考える自分と、そうではなくて、他の部署や経営トップにいい顔をして、面倒で複雑なことを引き受けて、仕事の本質を考えずに、他人の顔色を伺って行動する人たちです。
根本的な考えが異なるので、私には全く理解ができませんでした。
手間が多くかかって、複雑な作業でリスクが増加
自分たちが何年もかかって作ってきた、リスクの少ない簡潔でわかりやすい方法を構築してきました。
しかし、新人が理解するのに何年も要する失敗の多いシステムへと変化していくことになったのです。(本質が定まっていれば、判断は簡単ですが)
問題の解決のための決定ではなくて、自分達は忙しくて暇がない程に仕事をしているんだと、上司に見せることを優先しているかのように.
意見は平等であるべき
私の個人的な判断の考え方は、上司も部下もただの肩書きが違うだけで、基本的には同じであって、意見は平等と考えていました。
ところが、他人がどのように思っているのか考える人は、どうも、上司の意見は確定である。
たくさんの意見を出すことで、より良い決定ができる可能性が高まるのではないかと考えるのですが、皆さんはどうでしょうか。
他人の顔色を考える上司がいると
直属の上司が人間同士を上下関係で考えると、部下の意見は無視されることが多く、さらに、上下関係で人を見る部下も、それは当然のことだと思うようになってきます。(仕方がないのか?)
日本の教育を考えると、上下関係を作るための教育、先生に怒られない、先生にほめられるようになるので、大多数の人は他人の顔色をかんがえていることになります。
自分たちが望んでいるのに、結局、結論は望まない風に進んでしまいます。
結局、理解できない意見や決定がなされます。(なんて、めんどくさいんだ!)
理解できない人の真相
脅威に従う(権力に屈する傾向がある)、何でもいうことを聞く良い子と呼ばれる人間は、自分の自由を自分で制限し、鎖をかけて、そして身動きが取れなくなるのだろうと考えます。
さらに、自分が良い子だと主張しなければならないので、承認欲求が強いし、この仕事がうまく行ったのは自分だけのおかげだ、と自己の優位性を訴えるのです。
めんどくさい人間ですね!(私の正直な気持ちですが)
理解できない意見や決定の真相
問題解決に対する焦点が、全く違うところにあるのだと考えます。
- 権力に屈する
- 人間の上下関係を重視する
- 承認欲求が強い
集団の中で生きている以上避けられないことだと思います.
これらの弊害
良い意見や考え方よりも、権威のある人の意見や考え方に偏ってしまうことが多々あると感じます。
どれだけ会議をしても、全く良くならない会社や組織は、このことを、少し考えた方が良いのかもしれませんね。
それによって、合理的な考えや行動ができなくなってしまうことが最大の問題点だと思います。
さらに、職場に考えて行動できる若者がいなくなったり、不満ばかり言っている人が多くなるなど、良くないことばかりだと思います。
意思決定は、まず全体を考える
何となくですが、自分を守るための意思決定は、最後には、自分を破滅させるように思います。
自分たちを守る意思決定は、問題の解決にはなっていないので、結局、自分たちを破滅させる。
最終的には、大きな視野をもった意思決定が、みんなを存続させるための鍵なのではないかと、私は考えています。